母と同居するようになってから、昼食の弁当を作ってもらっている。
母に弁当を作ってもらうのは中学の時以来だ。そのせいか、はじめの方は量が運動部の中2レベルだった。朝練して授業に出て、放課後もみっちり部活(バスケ)やってた頃と同じ量。
あの時プリンプリンだった娘はすでに40歳を過ぎていて、今はもうそんなに多くは食べられない。というより、エネルギーを消費できない。
上げ膳据え膳の身分であるから、贅沢な要望だと思いつつも「もうちょっと減らして」とお願いすると、翌日から3日間くらいは少なくなって、土日を挟めばまた中2レベルにもどるというのを1年ちょっと繰り返した。
タッパーの数が米、おかず、フルーツの3つになったあたりで、さすがに腹がポヨポヨしてきたので、食後に10分踊る、というルーティンを設けたが、夏になると汗だくになってしまうから困った。それと日頃の運動不足のせいで、午後の仕事はプール終わりぐらいの疲労感の中こなさなければならなかった。
そこで、弁当箱を変えたら量が定まりやすいのではないかと思い、新しい弁当箱を買って、これひとつに入る量でいいからねとお願いした。この作戦がなかなか良くて、それから量は安定した。
ある日、弁当箱のフタを開けたら梅干しが米上のセンターを外れていた。持ち運びの最中に転がったのではなく、はじめからそうだった。

梅干しの定番ポジションといえば、米の中央だ。いつからそうなったのかは分からないけれど、梅干しは米の真ん中と決まっていた。そして、普通は白米とのペアであって、味付けご飯に梅干しがフューチャリングすることはない。
梅干しfeat.とりごぼうめし、そして日の丸的配置以外に据えることを、わたしは創造できただろうか。
梅干しは白米だけのものにあらず。梅干しのポジションは飯の中央だけにあらず。
なんだか母に勇気をもらったような気がした。

もちろん、白米の中央に梅干しが君臨する王道スタイルの時もあるけれど、一度センターを外れた梅干しは、米の右上に配置されることが増え、そのたびにかわいくて、うれしくて、笑ってしまう。


そして再び増え始めたおかずにも笑ってしまう。米の上におかずを乗せてきたり、米をぎゅっと端に寄せておかずを詰め込んできたり、しじゅうをとうに過ぎた娘に沢山食わせようとする母の愛。独り占めしちゃって幸せです。