母の呼称

小学生の頃だったと思う。「わたしはお母さんのことを『ばあちゃん』て呼びたくないから結婚しない」と声高らかに宣言した。

母は母の両親をわたし達同様に「じいちゃん・ばあちゃん」と呼んでいて、いとこの親にあたる叔父と叔母もそうだった。しかし、母の姉で未婚の叔母だけは「父さん・母さん」と呼んでいた。つまり、当時のえり調べからすると、結婚後は自分の親を「じいちゃん・ばあちゃん」と呼ぶことになり、未婚だと変わらない。

わたしは大好きなお母さんを「ばあちゃん」と呼ぶなんて絶対に嫌だった。なによりお母さんがばあちゃんになる姿も想像つかなかった。ずっとお母さんでいて欲しかったのだ。

そんなわけで、わたしが今でも独身を貫いているのは、あの宣言が自分への呪いのごとく効いちまっていると思うことにしたい。

わたしたち兄妹は元々母を「ママ」と呼んでいたが、数年間母と離れて祖父母の家で暮らしていた時に、赤ちゃんでもないのに人前で「ママ」なんて恥ずかしいから「お母さん」にしなさいと言われ矯正した。今から40年くらい前は、それが田舎のスタンダードだったと思う。

再び母と暮らすようになった時、母は「お母さん」なんてダサいと言って嫌がったけれど、ママがいない間に「お母さん」に慣れてしまって、再び「ママ」に戻すことはできなかった。

わたしが3歳になる頃に両親は離婚して、それから10年くらい経って父と再会した時、父は自分のことを「パパ」と言っていた。「パパ」が隣にいた空気をすでに忘れてしまっていたわたしは、父を目の前にしても「パパ」と呼ぶことはなく、かと言って「お父さん」と呼ぶこともなく、直接呼ぶことを避けていたら、いつしか父は自分のことを「俺」というようになっていた。今思い出すと、とてもかなしい。

30を過ぎた大人になった頃、「ママ」と呼ぶことへの照れが少しずつ薄らいで来たので、「お母さん」6、「ママ」4ぐらいの比率で使うようになった。母は自分のことを「ママ」9、「お母さん」1くらいで名乗るから、きっと長い間「お母さん」呼びには違和感があったのだろう。

姪っ子は母のことを「ばあば」と呼ぶ。「じいじ・ばあば」はわたしが育った昭和後期にはなかった呼称だ。「パパ・ママ」の祖父母版、といったところだろうか。「じいちゃん・ばあちゃん」よりも老人感が薄れていいじゃないと思っていたのだが、ある日、姪との楽しそうな電話を終えた後、母はガチのトーンでこう言った。

「私『ばあば』って呼ばれるのが本当にイヤ。『おばあちゃま』って呼んで欲しいのに!!」

おばあちゃま。