仮免までの道

自動車教習所に通い始めたのは7月。技能の予約がじぇんじぇん取れないまま1段階の学科10コマを終了し、8月からいざ乗車!と思っていたらばコロナの感染状況が史上最悪になったので全予約をキャンセル。ワクチンを2回打ち終わった9月から教習を再開しました。

過去の原付の破天荒な運転ぶり、高速回転系ろくろ師(陶芸体験)から、車の運転ヤバ女なんじゃないかと自分で思っていたので、毎回ビビりまくって乗車しています。

週末に通うだけの週末ドライバーでしたが何とか1ヶ月で仮免まで到達。試験前、YouTubeで技能のコツなどを確認したら、どの動画もわたしが通っている教習所の3倍くらい広い。場外ですよねってくらい広くて、たのしそすぎる。

わたしんとこはすぐにカーブカーブカーブ。交差点に次ぐ交差点でそりゃあウインカーも遅れるわ!ってくらいの激狭所内。所内でかるく渋滞しますからね。渋滞してる間に教習時間なくなるやんけ~!って思ったりします。東京にある教習所の中でも断トツに狭いんじゃないかな。

教習所までの道のりも天然のクランク天国。そしてそこへ奥様の逆走おチャリ、お子様のキャッチボーラーなど予測不能なキャラクターが出没するから怖い。あとここら辺の道知らない。仮免まではひとつも落とすことなくなんとか来られたけど、これから路上に出てうまくやれるのか、不安だらけです。

わたしはハタチ頃に原付免許を取りました。なんで原付だけ?って思うでしょう。それはね、翌日から足になるからです。バイトで10万貯めたら羽が生えるんだもの。

お金がなかったからどこまででも原付で行っていました。雨の日はカッパで、真冬は重ね着用ダウンでメットインがパンパンになって。1日に何度も移動したり、深夜に活動することも多かったから、ダンサー(というかフリーター)だった10年ちょいは本当に助かりました。

以前オードリーがラジオで「20代は原付乗ってた記憶しかない」と言ってたけど、まさにその通りで、どの思い出も原付の記憶がからむ。with原付なんですよね。あのコに会いに埼玉まで原付で行ったとか、ショーで使う小道具のカラーバット持って深夜の湾岸走ってたら職質されたとかね。今思えば謎に強気だったなぁ。

で、バイク王に最後の愛車を売って早10年なんですよ。もはや単なるIDとして所持しているスタイルなんですよ。だからね、技能や検定のたびに原付免許を出さないといけないのが恥ずかしい。検定の時原付免許出してるのわたしだけ。一緒に乗車する教習生さんは「あ、この人原付あるからうまいかも」とか思わないで欲しいんですよ。全く乗ってねえですから。それに原付なんて、1日で取れるんですよ。

なによりも免許を提示するたびに20代のほろ苦い記憶がにじむようで、できることなら封印したいんですよ~。