「子は親の鏡」これを初めて目の当たりにしたのが、友人とその子どもと3人で雑居ビルの古いエレベーターを待っていた時だった。エレベーターの扉が開いた瞬間、3歳になりたてのちいちゃい女の子が
「せまっ!」
と言った。それがわたしたちの口調そのものだったので可笑しくて、「言葉遣いとか気をつけないとダメだよね」なんて会話をした。
歳を取ると逆転して親は子の鏡になることをわたしは今、体感している。
母と同居するようになって3年目。母はもうすぐ71歳になるが、洋服を貸し借りしたりNetflixを一緒に観たり、共有できる趣味が多い。母の潔癖な部分を見てそれが当たり前だと思って育っているから、掃除の仕方など生活習慣の細かいことで大きくもめることもない。母との暮らしは楽ちんでたのしい。
ある日換気扇の掃除をしていて、「ねえ、このスポンジ死んでる?」(使い古したやつという意味で)と母に尋ねたら、
「う…うん…シンデル…」
と少し戸惑い気味に答えた。(そうか、フツーに死にスポンジとか言っちゃったら混乱するよな)と思った。
またある日のこと、いつものように早々と寝る準備を終え、ふたりで穏やかな韓国ドラマタイム。観ている途中で母が
「このクソ医者!!」
と叫んだ。
ちょいちょいちょいちょい。母は決して「クソ」とか言うタイプの人間ではない。完全に私のダメな言葉遣いの影響を受けてしまっている。(マジで言葉遣いに気をつけないとやべえな…)と冷や汗をかいた。
やべえな、と思いつついつも通りに時間が過ぎていたと思う。
早起きの母は、いつものように朝の情報番組を観ながらキッチンに立っていた。わたしが目をしょぼつかせながら「おはよぉ」と出ていくと、
「中条あやみのお父さんてゴリゴリのイギリス人なのね」
と母が言った。
寝起きの脳には色々と整理することが多すぎて「あ?・・うん」くらいしかリアクションをとらずに通りすぎたけど、「ゴリゴリ」の差し込み方が正解なのよ。
中条あやみのお父さんがアジア系ではなく、純粋なイギリス人でしかもなかなか屈強な方だということ、その部分を「ゴリゴリの」と表すのはもう100点なのよ~。