「インスタしかやってないんです」
と言うのに憧れている。
数あるSNSの中でも、とてもシンプルで、インスタを制する者こそインフルエンサーの長であり、スタイリッシュ代表な感じがするからだ。(個人の感想です)
しかし、わたしには写真のセンスが微塵もない。それに、共有したいほどの画も今のところない。
だけど、好きな海外アーティストの近況とか、かわいいヘアスタイルなんかを調べるには圧倒的にインスタグラムがいい。言語が違っても楽しめるのがインスタグラムのいいところだ。
そんなわけで、もっぱら見る専門。
すきでチェックしているインスタグラマーは、ストーリーズにテキストをむちゃくちゃ差し込むタイプで、文字のサイズを可能な限り小さくして、びっしり書いている。
年のころは20代後半か30歳くらいだろうか。わたしよりひとまわりは若い。
きっとこの方は繊細さんで、読んで欲しいけど読んで欲しくない、でもきっと伝えたいことをたくさん内に秘めておられる方なのだろうなと思う。
それにしてもだ。
文字が小さすぎて、どれだけスマホを顔に近づけても見えづらい。
いくらなんでも小さすぎて見ねえ!こんなん誰が読めんだよ!
というイライラの方が勝る。
あーもう限界!チカチカする!
ある時、チカチカに耐えられずスマホを顔から遠ざたらちょっと読めた。
老眼だった。
どうかあの感じで読んで欲しい。
コンユの「チョッサラン イオッタ」の感じで読んで欲しい。
『トッケビ』といえばのあの感じで読んで欲しい。
老眼だった。
あのストーリーズ、若者には見えているのだ。
老眼ヤロウに向けて発信してはいないのだ。
わたしはインスタグラムを閉じた。
スローモーションでアッパーカットをくらったかのように、椅子の背もたれに寄りかかり、支えきれない頭部を預ける。
ふぅ~ ふぅ~ふ~
crushの名曲『Beautiful』のイントロが脳内で流れはじめる。
コンユにも老眼がキテるだろうか。
「僕も老眼だよ、えりちゃん」
そう言ってはくれないだろうか。
「そんな小さい画面ばっかりよく見てられるわね」と母は言う。
スマホに視線を落とすことが増えてから、見落として通り過ぎたものが沢山あったかもしれない。
スマホの中に思い出を残すことに必死になって、心に残る記憶が平たんになっていたかもしれない。
少し視線を遠くにうつしたら、見え方は変わるのに。
老眼のおとずれは、わたしに何かを伝えたかったに違いない。
そう、とらえるしかないわもう。